Henkipedia

アンサイクロペディア、エンサイクロペディア等に並ぶことを目指す、Wikipediaの歴史系パロディサイト。扱うのは主に鎌倉時代、たまに室町~江戸時代も。主に"偏諱(へんき)"に着目して、鎌倉幕府御家人の世代や烏帽子親(名前の1字を与えた人物)の推定を行い論ずる。あくまで素人の意見であるから、参考程度に見ていただければと思う。

北条経時

北条 経時(ほうじょう つねとき、1214年~1246年)は、鎌倉時代中期の武将、御家人、政治家。鎌倉幕府第4代執権。北条氏得宗家当主。

 

元服に際し、加冠役(烏帽子親)の第4代将軍・藤原(九条)頼から「」の偏諱を賜り、北条と名乗った。典拠は次の史料である。   

【史料】『吾妻鏡』天福2(1234)年3月5日条 より

天福二年三月大五日癸卯。武州孫子 匠作嫡男。歳十一 於御所 被加首服。相州 布衣武州。越後守。式部大夫 政村。前民部權少輔。攝津守師員。駿河前司義村。出羽前司家長。大夫判官基綱。上野介朝光等着西侍。若公 水干 同侍南座。有小時。以藤内左衛門尉定員。被召之。若公被參于寢殿西向簾中。其後應召。武州參給。式部大夫。前民部權少輔。左近大夫將監佐房。左衛門尉大夫泰秀。右馬權助仲能等勤所役。次理髪相州。次加冠。号北條弥四郎經時。次八條少將取御釼。授新冠。賜之退出于休所。次兩國司已下人々着座庭上。將軍家出御南面。八條少將實淸朝臣候御簾。次被進御引出物。御釼。御鎧。御馬等云云。其後被垂御簾。新冠已下人々。又堂上有垸飯儀。一如元三。武州退出之後。被引進龍蹄於相州。平左衛門尉盛綱爲御使。又以尾藤左近將監入道。諏方兵衛尉等。今日役人面々。被賀仰云々。