Henkipedia

アンサイクロペディア、エンサイクロペディア等に並ぶことを目指す、Wikipediaの歴史系パロディサイト。扱うのは主に鎌倉時代、たまに室町~江戸時代も。主に"偏諱(へんき)"に着目して、鎌倉幕府御家人の世代や烏帽子親(名前の1字を与えた人物)の推定を行い論ずる。あくまで素人の意見であるから、参考程度に見ていただければと思う。

武田時綱

武田 時綱(たけだ ときつな、1245年~1307年)は、鎌倉時代中期から後期にかけての武将、御家人甲斐武田氏第5代当主。通称は六郎。『甲斐信濃源氏綱要』によれば父は武田信時、母は右馬権頭頼茂(=源頼茂か)の娘。子に武田信宗

 

【史料】「甲斐信濃源氏綱要」*1 時綱の注記より一部抜粋

……後深草院建長五年正月十五首服、(年九)加冠平時頼、因例號名時綱、字六郎……

建長5(1253)年1月15日の元服の際、当時の執権・北条頼が加冠役(烏帽子親)を務め、それまでの例に因(ちな)んで(偏諱を受け)名を「綱」と号したと伝える。

父・信時と同じく北条氏の通字「時」を受けたため、同名を避ける理由で武田氏の通字「信」は用いなかったと思われる。「綱」は叔父・政綱の影響を受けたものかもしれない。

 

(参考ページ)

武田時綱 - Wikipedia

 

出典

*1:系図綜覧. 第一 - 国立国会図書館デジタルコレクション より。高野賢彦『安芸・若狭武田一族』(新人物往来社、2006年)P.50・54 でも言及あり。