大曽祢時長
大曽祢 時長(おおそね ときなが)は鎌倉時代前期の武将、御家人。
安達盛長の次男で、安達景盛の弟。通称は次郎、九郎次郎、九郎藤次。呼称は大曾禰時長(旧字表記)、大曽根時長、安達時長とも。安達氏より分かれ、出羽国大曾禰荘を領したことから大曾禰氏の祖となる。
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「藤九郎次郎」と呼ばれる通り、安達盛長(安達藤九郎盛長)の次男であったことが分かり、系図類でも安達景盛の弟に位置付けられる。長男の長泰が1213年の生まれであるから、親子の年齢差を考えて1193年頃より前には生まれていたと推測できよう。
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『吾妻鏡』では建久年間(1190~1198年)に「九郎藤次」*1、建保元(1213)年に「藤九郎次郎」*2として計6回登場する*3。実名「時長(ときなが)」の「時」字は北条氏から通字を賜ったものと思われるが、時期からすると、北条時政(初代執権就任前)からの偏諱かもしれない。