足利直義の偏諱
安達 直盛(あだち ただもり、1320年代?~没年不詳(1345年以後))は、南北朝時代の武将。旧鎌倉幕府の有力御家人であった安達氏の生き残りとみられるが、系譜は不詳。通称および官途は 九郎、丹後権守。呼び方は城直盛とも。 安達直盛に関する史料 『尾張…
河越 直重(かわごえ ただしげ、1320年代?~没年不詳(1368年以後))は、南北朝時代から室町時代初期にかけての武将、武蔵国の国人。武蔵平一揆の中心人物の一人。桓武平氏良文流秩父氏の嫡流である武蔵河越氏最後の当主で、河越高重の嫡男とされる。通称お…
結城 直光(ゆうき ただみつ、1330年~1396年)は、南北朝時代から室町時代前期にかけての武将、安房国守護。下総結城氏第8代当主。 結城朝高(朝祐)の次男。兄は結城直朝。通称および官途は 八郎、左衛門尉(※推定)、中務大輔。法名は聖朝(せいちょう)。 …
結城 直朝(ゆうき ただとも、1325年~1343年)は、南北朝時代の武将。下総結城氏7代当主。結城朝高(朝祐)の長男。弟は結城直光。幼名は犬鶴丸。通称は七郎。 家督相続と元服 直朝の戦死 脚注 以下、荒川善夫氏のまとめ*1や、建武4(1337)年8月日付「野本鶴寿…
上野 直勝(うえの ただかつ、1320年代?~没年不詳(1351年頃?))は、南北朝時代の武将。清和源氏足利氏の支流・上野氏の一族。通称および官途は 上野太郎二郎、掃部助、左京亮。別名は上野氏勝(うじかつ)。 観応の擾乱における上野兄弟 世代の推定 脚注 …
諏訪 直頼(すわ ただより、1329年?~没年不詳)は、南北朝時代の武将、諏訪氏当主、諏訪大社の大祝(神官)、信濃国守護。官途は信濃守。 観応元(1350)年12月15日付「諏訪頼嗣願文」(『守矢文書』)*1では「信濃守頼嗣」と署名していたものが、正平7(1352)…
石塔 直房(いしどう ただふさ、生没年不詳)は、南北朝時代の武将。足利氏一門・石塔頼房の子。苗字は「石堂」とも表記される。のちに石塔忠房(読み同じ)と改名。官職は中務大輔。 『尊卑分脈』の直房の項には「父義絶云々、改忠房」とあり、これについて…
渋川 直頼(しぶかわ ただより、1334年~1356年)は、南北朝時代の武将。渋川氏5代当主。渋川義季の嫡男。母は北条朝房の娘とされる*1。兄弟姉妹に渋川幸子(足利義詮室)、女子(吉良満貞室)、渋川時直。子に渋川義行。通称および官途は太郎、中務大輔(『…
斯波 直持(しば ただもち、1327年~1383年*1)は、南北朝時代の武将・奥州管領。通称および官途は 彦三郎、治部大輔、左京権大夫、左京大夫。大崎直持(おおさき ―)とも呼ばれる。 父は斯波時家(家兼)。子に大崎詮持。 永徳3/弘和3(1383)年11月2日に57歳で…
畠山 直泰(はたけやま ただやす、1330年頃?~1351年)は、南北朝時代の武将。畠山高国の次男。兄は畠山国氏。通称は二郎(上野二郎)。 historyofjapan-henki.hateblo.jp 『尊卑分脈』*1を見ると、高国の項に「観応二二十二於奥刕(=奥州)為貞家被討四十…
畠山 直宗(はたけやま ただむね、1320年代?~1349年)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武士。清和源氏流足利氏一門・畠山氏の一族で、畠山義生(よしなり)*1を祖とする美濃畠山氏の出身。 『尊卑分脈』(以下『分脈』と略記)によると、通称および…
畠山 直顕*1(はたけやま ただあき、1310年代?~1370年代?)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将。清和源氏流足利氏一門・畠山氏の一族で、畠山義生(よしなり)*2を祖とする美濃畠山氏の出身。 初名は畠山義顕(よしあき)。通称および官途は七郎(…
岩松 直国(いわまつ ただくに、生年不詳(1320年代か)~没年不詳)は、南北朝時代の武将、岩松氏当主。岩松氏の中興の祖とされる人物。幼名は土用王または豊王。通称および官途は三郎、治部少輔。新田直国とも呼ばれる。 『尊卑分脈』によると岩松時兼の曽…
葦名 直盛(あしな ただもり、1326年~1392年)は、南北朝時代の武将。葦名氏第7代当主。 葦名盛貞(盛員とも)の次男。母は笹谷御前(金峯尊公大禅定尼)。兄は葦名高盛。子に葦名詮盛。三浦直盛とも。また、蘆名直盛、芦名直盛とも書く。通称および官途は …
細川 直俊(ほそかわ ただとし、1319年~1337年)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将。細川氏の一門。通称および官途は 帯刀先生、民部少輔。 阿弥陀ヶ峰城の戦い 直俊の戦死と生年について 足利直義との関係 脚注 『尊卑分脈』*1によると、父は…
長井 直千(ながい ただゆき? / ただかず?、1330年頃?~1380年頃?)は、南北朝時代の武将。のちの田総氏となる大江長井氏の庶流の出身、長井重継(しげつぐ)の嫡男で、田総直千(たぶさ ―)とも。幼名は彦寿(ひこじゅ)。通称および官途は 孫次郎、山城守。子…