Henkipedia

アンサイクロペディア、エンサイクロペディア等に並ぶことを目指す、Wikipediaの歴史系パロディサイト。扱うのは主に鎌倉時代、たまに室町~江戸時代も。主に"偏諱"に着目して、鎌倉幕府御家人の世代や烏帽子親(名前の1字を与えた人物)の推定を行い論ずる。あくまで素人の意見であるから、参考程度に見ていただければと思う。

北条貞時の偏諱

足利貞氏

足利 貞氏(あしかが さだうじ、1273年~1331年)は、鎌倉時代後期~末期の武将、鎌倉幕府御家人。足利家時の嫡男で、足利宗家第7代当主 。足利高義・足利尊氏・足利直義の父。通称は三郎。 足利貞氏像(浄妙寺所蔵)▲ 『尊卑分脈』*1・『常楽記』*2などによ…

小笠原貞宗

小笠原 貞宗(おがさわら さだむね、1292年頃~1347年)は、鎌倉時代後期から室町時代前期の武将。信濃小笠原氏の当主。信濃守護。 幼名は豊松丸。今野慶信氏がご紹介のように、各種小笠原系図*1や『甲斐信濃源氏綱要』*2によると、徳治元(1306)年11月20日に…

安東貞忠

安東 貞忠(あんどう さだただ、1290年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代後期の武将、得宗被官。 安東貞忠の実在については次の史料で確認ができる。 【史料1】(正中3(1326=嘉暦元)年?)正月17日付「金沢貞顕書状」(『金沢文庫文書』)*1 御吉事等、猶々不可有…

二階堂貞綱

二階堂 貞綱(にかいどう さだつな、1260年代?~没年不詳)は、鎌倉時代後期の御家人。 生年の推定 息子・二階堂行朝(行珍)について 貞綱の名乗りについて 脚注 生年の推定 historyofjapan-henki.hateblo.jp こちら▲の記事で紹介した通り、『尊卑分脈』に…

渋川貞頼

渋川 貞頼(しぶかわ さだより、1280年頃?~1325年頃?)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。足利氏一門・渋川氏の第3代当主。 『尊卑分脈』*1によれば、通称は彦三郎、父は渋川義春、母は北条時広の娘「あかはん」(「越前守平時廣女」)と伝わる。源貞頼、足…

佐竹貞義

佐竹 貞義(さたけ さだよし、1287年~1352年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将。佐竹氏第8代当主。 ▲『古押譜』より、佐竹貞義の花押*1 『正宗寺記』など複数の史料・系図類によれば、文和元(1352)年9月10日に66歳で亡くなったといい*2、逆算…

毛利貞親

毛利 貞親(もうり さだちか、1280年頃?~1351年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。安芸毛利氏。父は毛利時親。 [:contents] 生年と烏帽子親の推定 【史料A】建武3(1336)年正月30日付「毛利貞親自筆譲状」(『毛利家文書』)*1 譲与…

狩野貞親

狩野 貞親(かのう さだちか、1280年代?~没年不詳(1333年以後))は、鎌倉時代後期の武士、伊豆・駿河国の御家人。通称は六郎左衛門尉、狩野介、狩野介入道。 ▲【図A】今野慶信氏作成による狩野氏の略系図*1 近年、今野氏が「南家伊東氏藤原姓大系図」*2の…

戸次貞直

戸次 貞直(べっき/へつぎ さだなお、1278年頃?~1333年)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。大友氏の一門・戸次氏の当主。戸次時親の嫡男。 historyofjapan-henki.hateblo.jp 【表1】各系図類における戸次氏嫡流の記載内容(烏帽子親に関する情報を中心に)*1…

工藤貞祐

工藤 貞祐(くどう さだすけ、1283年?~1334年?)は、鎌倉時代後期の武士。北条氏得宗家被官である御内人。藤原南家工藤氏より分かれた奥州工藤氏の一族。 父親と烏帽子親について 史料上での工藤貞祐 死没についての考察 脚注 父親と烏帽子親について ▲【図…

千竈貞泰

千竈 貞泰(ちかま さだやす、1290年頃?~没年不詳(1334年以後か))は、鎌倉時代後期の武士、御家人、御内人(得宗被官)。千竈時家の嫡男。通称は千竈六郎。 千竈氏は桓武平氏高望流秩父氏の末裔とされ*1、鎌倉時代を通じて、尾張国千竈郷(現・名古屋市…

石川貞光

石川 貞光(いしかわ さだみつ、生年不詳(1280年代?)~1341年)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。大和源氏の流れを汲む陸奥石川氏の第14代当主。 【史料】『源流無尽』所収「石川系図」より*1 母堂義生朝臣女、 貞光公 称太郎、実通山公之嫡子、故立為世子…

結城貞広

結城 貞広(ゆうき さだひろ、旧字表記:結城貞廣、1289年~1309年)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。下総結城氏第5代当主。 父は4代当主・結城時広。母は小山時村の娘*1。 historyofjapan-henki.hateblo.jp ▲【図A】「結城系図」(東京大学史料編纂所架蔵謄…

安達貞泰

安達 貞泰(あだち さだやす、1280年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代後期の武将・御家人。 『尊卑分脈』によれば、父は安達宗景、母は紙屋河顕氏の娘。通称は陸奥太郎。 ▲【系図】安達氏略系図*1 historyofjapan-henki.hateblo.jp こちら▲の記事で紹介した通り…

千葉胤貞

千葉 胤貞(ちば たねさだ、1288年~1336年)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。 はじめに 生誕と元服 参考ページ 脚注 はじめに historyofjapan-henki.hateblo.jp 千葉宗胤の嫡男。『尊卑分脈』では宗胤の子は「貞胤」となっており、「貞胤」と「胤貞」はと…

伊東貞祐

伊東 貞祐(いとう さだすけ、1290年頃?~1345年カ)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。伊東祐宗の嫡男。 【史料A】「南家 伊東氏藤原姓大系図」*1より 六郎左衛門尉 従五位下 安芸守 (五)始祐真 母後藤八郎左衛門基邦女 貞祐 剃髪号…

少弐貞経

少弐 貞経(しょうに さだつね、1272年~1336年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。 「貞経」の名乗りに着目すると、経資―盛経と継承されてきた「経」の字に対し、「貞」が烏帽子親からの一字拝領と考えられる。 建武3(1336)年に自害…

大仏貞直

北条 貞直(ほうじょう さだなお、1290年頃? ~ 1333年)は、鎌倉時代末期の武将・御家人。 大仏流北条宗泰の子で、大仏 貞直(おさらぎ さだなお)とも呼ばれる。 はじめに 大仏宗泰の子 陸奥守任官と生年の推定 参考ページ 脚注 はじめに 新訂増補「鎌倉政…

大仏貞宣

北条 貞宣(ほうじょう さだのぶ、1285年頃?~1320年)は、鎌倉時代末期の武将・御家人。 大仏流北条氏の一族で、大仏 貞宣(おさらぎ さだのぶ)とも呼ばれる。 はじめに ー 貞宣の経歴 元服時期の推定 三人の兄 宗宣・宗泰・貞房 甥・維貞の名乗り <参考>…

河津貞重

河津 貞重(かわづ さだしげ)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。系図によっては河津重貞とも。 父は河津祐重。妻・大野忠貞(紀三郎)の娘との間に嫡男・河津重房がいる。 【史料1】『河津伝記』(『宗像郡誌』下編 所収)*1より ……其(=河津右衛門尉祐重)…

矢野貞倫

矢野 貞倫(やの さだとも、生年不詳(1270年代後半か)~没年不詳(1300年代初頭?))は、鎌倉時代の幕府実務官僚。三善氏の末裔で三善貞倫(みよし ー)とも。 <三善姓矢野氏略系図>*1 康信―行倫―倫重―倫長―倫景(倫経弟)―貞倫(倫綱兄) 鎌倉遺文フル…

長井貞重

長井 貞重(ながい さだしげ、1272年~1331年) は、鎌倉時代後期の人物、在京御家人。長井氏の庶流、六波羅評定衆家(泰重流)の当主。 北条貞時の烏帽子子 貞重に関する史料の紹介 脚注 北条貞時の烏帽子子 historyofjapan-henki.hateblo.jp 六波羅評定衆…

長井貞秀

長井 貞秀(ながい さだひで、1280年頃?(1280年代前半)~1308年3月12日)は、鎌倉時代後期の御家人、幕府官僚。大江貞秀(おおえ ー)とも。父は長井宗秀、母は北条(金沢)実時の娘。 史料における貞秀 初見:六位蔵人時代 ― 烏帽子親の推定 五位叙爵後・中…

太田貞連

太田 貞連(おおた さだつら、生年不詳(1290年代)~1334年?)は、鎌倉~南北朝時代の幕府実務官僚。鎌倉幕府最後の問注所執事。通称は信濃左近大夫。三善氏の末裔で三善貞連(みよし ー)とも呼ばれる*1。 <三善姓太田氏略系図> 康信―康連―康有―時連―貞…

塩冶貞清

佐々木 貞清(ささき さだきよ、生年不詳(1280年代後半?)~1326年)は、鎌倉時代後期の武士、御家人。塩冶貞清(えんや ー、旧字体:鹽冶貞淸)とも。 historyofjapan-henki.hateblo.jp こちら▲の記事では、伯父の佐々木時清が仁治3(1242)年生まれ*1で、頼…

東貞常

東 貞常(とう さだつね、生年不詳(1273年以後)~没年不詳)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。 系図集や書状類では全く確認できないが、東氏の末裔(東益之の子、東常縁の異母弟)である建仁寺住持・正宗龍統*1が書き記した次の史料により、僧・素𦨻*2の父…

千葉貞胤

千葉 貞胤(ちば さだたね、1292年~1351年)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。千葉氏第11代当主。 貞胤の死没については、次の史料が伝わる*1。 ●『常楽記』:観応二年辛卯正月一日、千葉介貞胤他界、 ●『下総風早荘平賀邑 本土寺過去帳』抜書(『諸寺過去…

京極貞宗

佐々木 貞宗(ささき さだむね、1287年~1305年)は、鎌倉時代中期から後期にかけての武将、御家人。 京極流佐々木氏の第3代当主で、京極貞宗(きょうごく ー)とも呼ばれる。 historyofjapan-henki.hateblo.jp 『尊卑分脈』によれば、佐々木宗綱の3男。長兄…

名越貞宗

北条 貞宗(ほうじょう さだむね、生年不詳(1280年代後半?)~1305年)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。 本項では名越流北条宗長の息子(通称:備前四郎、備前掃部助)について扱う。 北条氏一門では他に大仏流北条維貞(の初名)およびその息子が「貞宗」…

小山貞朝

小山 貞朝(おやま さだとも、1282年~1330年)は、鎌倉時代後期の武将。鎌倉幕府の御家人。 生没年について 系図での注記について 脚注 生没年について 貞朝の死去については次の二つが伝わる。 ① 徳治二(1307)― 関東下向之時頓死(『尊卑分脈』小山貞朝項…