Henkipedia

アンサイクロペディア、エンサイクロペディア等に並ぶことを目指す、Wikipediaの歴史系パロディサイト。扱うのは主に鎌倉時代、たまに室町~江戸時代も。主に"偏諱(へんき)"に着目して、鎌倉幕府御家人の世代や烏帽子親(名前の1字を与えた人物)の推定を行い論ずる。あくまで素人の意見であるから、参考程度に見ていただければと思う。

北条高時の偏諱

桑原高近

桑原 高近(くわはら / くわばら たかちか、生年不詳(1300年代?)~没年不詳(1333年以前?))は、鎌倉時代末期の武将、得宗被官。通称は桑原新左衛門尉。 まず、高近については、元亨3(1323)年10月の故・北条貞時13年忌法要について記録された『北條貞時十…

塩飽高遠

塩飽 高遠(しわく*1 たかとお、生年不詳(1300年代?)~没年不詳(1333年以前?))は、鎌倉時代末期の武将、得宗被官。通称は藤次。 「遠」字の共通からして塩飽聖遠(新左近入道、俗名不詳)や塩飽盛遠(右近将監、右近入道了暁)らと同族とみて良いと思わ…

色部長高

色部 長高(いろべ ながたか、生年不詳(1300年代初頭?)~没年未詳(1343年以後))は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将。色部長貞の嫡男。通称・官途は蔵人。 色部氏は桓武平氏流秩父氏の流れを汲み、地頭職を得た越後国小泉荘色部条の地から「…

千葉一胤

千葉 一胤(ちば かずたね、1312年頃?~1336年)は、南北朝時代の武将。父は千葉貞胤。通称は千葉新介。初名は千葉高胤 (たかたね) か。 『千葉大系図』では貞胤の子、氏胤の兄弟として一胤を載せ、その注記では「一」の部分について「高」とする別説(「一 …

千葉高胤

千葉 高胤(ちば たかたね、1310年頃?~1334年?)は、鎌倉時代末期の武将、御家人。千葉胤貞の最初の嫡子とみられる。通称は千葉小太郎。 『神代本 千葉系図』には胤貞の子として小太郎 高胤の記載が見られ*1、肥前国小城郡の雲海山岩蔵寺に所蔵されていた『…

小田高知

小田 高知(おだ たかとも、1300年頃?~1352年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。常陸小田氏第7代当主。のち小田治久(はるひさ)と改名。 父は小田貞宗。子に小田孝朝。通称および官途は(常陸)太郎左衛門尉、尾張権守、宮内権少輔。…

土岐高頼

土岐 高頼(とき たかより、1290年代?~没年不詳)は、鎌倉時代末期の武将、僧。 通称は土岐二郎。法名は妙光(みょうこう)。 『尊卑分脈』所収土岐系図(以下『分脈』と略記)や、「土岐家伝大系図」(東大謄写、岐阜県稲葉郡加村・徳山ひさ 氏原蔵)に、土…

結城朝高

結城 朝高(ゆうき ともたか、1308年~1336年)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将、御家人。のち結城朝祐(ともすけ)に改名。結城貞広の嫡男で下総結城氏6代当主。幼名は犬鶴丸、通称は七郎、七郎左衛門尉、結城判官。 北条高時の烏帽子子 『真…

大室盛高

安達 盛高(あだち もりたか、生年不詳(1300年代?)~没年不詳)は、鎌倉時代末期の武将・御家人。安達氏の庶流・大室氏の出身で大室盛高(おおむろ ー)とも呼ばれる。大室長貞(安達長貞)の嫡男。通称は九郎左衛門尉。 ▲【図A】安達氏略系図*1 historyof…

南条高光

南条 高光(なんじょう たかみつ、1305年頃?~没年不詳(1346年以後))は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将。通称は太郎兵衛尉。南条時光の孫とされる。 生年と烏帽子親の推定 貞和2年の史料における高光 脚注 得宗被官(御内人)・南条氏や、同氏…

南条高直

南条 高直(なんじょう たかなお、1300年頃?~1333年)は、鎌倉時代末期の武将、御内人(得宗被官)。南条貞直の嫡男か。 梶川貴子氏の研究*1により、南条高直については実名の書かれた史料類が幾つか残されていることが判明している。以下に列挙しながら解…

大仏高政

北条 高政(ほうじょう たかまさ、1310年頃?~1333年?)は、鎌倉時代末期の武将、御家人。北条氏一門・大仏貞直の嫡男で、大仏高政(おさらぎ ー)とも。通称は五郎。 本項で扱うのは、次の史料に現れる人物である。 【史料A】(嘉暦4年?)「崇顕(金沢貞顕)…

二階堂高行

二階堂 高行(にかいどう たかゆき、1312年頃?~1392年?)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての人物。通称は三郎。のちに二階堂行光(ゆきみつ、二階堂行元とも)に改名か。 『尊卑分脈』*1(以下『分脈』と略記)によると父は二階堂貞衡。兄・二階堂行…

二階堂高貞

二階堂 高貞(にかいどう たかさだ、1300年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての人物。『尊卑分脈』*1(以下『分脈』と略記)によると、のちに二階堂行広(ゆきひろ)に改名。通称は三郎左衛門、山城左衛門大夫、丹後守。従五位下。父は…

二階堂行直

二階堂 行直(にかいどう ゆきなお、1311年頃?~1348年)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての人物。室町幕府政所執事。初名は二階堂高衡(たかひら)。『尊卑分脈』*1(以下『分脈』と略記)によると父は二階堂貞衡、母は秋田城介・安達時顕の娘。通称…

二階堂高雄

二階堂 行高(にかいどう ゆきたか、1299年~1333年)は、鎌倉時代末期の御家人。幼名は若寸丸。初名は二階堂高雄(たかお / たかたけ)*1。法名は行淳(ぎょうじゅん) または 行凉(ぎょうりょう)。父は二階堂政雄(頼綱の弟)、母は二階堂行藤の娘(時藤・貞…

二階堂高元

二階堂 高元(にかいどう たかもと、1310年頃?~没年不詳(1342年以後))は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかえての人物。のちに二階堂行春(ゆきはる)と改名。父は二階堂行元。通称は下野判官。 【史料A】建武元(1334)年正月付「関東廂番定書写」(『建武…

二階堂高憲

二階堂 高憲(にかいどう たかのり、1300年代初頭?~没年不詳)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかえての人物。出家の直前に二階堂行清(ゆききよ)と改名。父は二階堂行憲。法名は行珍 または 行孫 とされる。通称は因幡三郎左衛門尉。 【史料A】建武元(13…

規矩高政

北条 高政(ほうじょう たかまさ*1、1307年頃?~1334年カ)は、鎌倉時代末期の北条氏一門。肥後国守護。豊前国規矩郡(のちの企救郡、現・福岡県北九州市)を領したので、規矩高政(きく ー)とも呼ばれる。通称は上総掃部助、規矩掃部助。 関連史料の紹介 …

宇都宮高房

宇都宮 高房(うつのみや たかふさ、1297年?~1366年?)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。豊前宇都宮氏(=城井氏)の当主で、城井高房(きい ー)とも呼ばれる。通称は弥六、官途は左衛門尉、常陸介。 『尊卑分脈』(以下『分脈』と…

宇都宮高貞

宇都宮 高貞(うつのみや たかさだ、1305年頃?~1340年?)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。父は宇都宮貞綱で、宇都宮公綱(初め高綱)の弟にあたる。 史料上における高貞 芳賀高貞との同一人物説について 脚注 史料上における高貞 『…

宇都宮公綱

宇都宮 公綱(うつのみや きんつな、1302年~1356年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。宇都宮氏第9代当主。父は宇都宮貞綱、母は長井時秀の娘。初名は宇都宮高綱(たかつな)。 系図類を見ると、公綱の傍注に「本 高綱」(『尊卑分脈…

長井高冬

長井 高冬(ながい たかふゆ、1314年~1347年)は、 鎌倉時代末期から南北朝時代の武将。大江姓長井氏嫡流の当主。のち長井挙冬(読み同じ)に改名。通称は備前二郎、右馬助。 関係史料の紹介と烏帽子親について 系譜についての一考察 脚注 関係史料の紹介と…

長井高秀

長井 高秀(ながい たかひで、1305年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代後期~末期の武将、御家人。通称は治部少輔。 まずは、細川重男氏がまとめられた経歴表*1を紹介しよう。 >>>>>>>>>>>>>>> №138 長井高秀 系譜・生没年未詳 治部少輔(金文443…

上山高元

上山 高元(かみやま たかもと、1311年~1348年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将。通称は六郎左衛門、修理亮。 【史料】『常楽記』より*1 貞和四年戊子 正月五日 上山修理亮高元 卅八 東條合戦打死 この史料により、貞和4(1348)年1月5日に38…

大掾高幹

大掾 高幹(だいじょう たかもと、1310年頃?~1380年頃?)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将。桓武平氏より分かれた大掾氏の嫡流にあたる多気氏の当主で、多気高幹(たけ ー)とも呼ばれる。通称は十郎。 世代と烏帽子親の推定 史料における高幹…

三浦高継

三浦 高継(みうら たかつぐ、1305年頃?~1339年カ)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将。三浦氏の庶流・佐原氏の一族から盛時が再興した "三浦介" 家(=相模三浦氏)の当主であり、歴史研究では佐原高継(さはら/さわら ー)とも呼ばれることも…

相馬高胤

相馬 高胤(そうま たかたね、1315年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将、下総相馬氏当主。通称は小次郎。 相馬氏の系図上では確認できない人物だが、次の史料により実在が確かめられる。 【史料A】元弘4(1334=建武元)年正月付「…

足利高義

足利 高義(あしかが たかよし、1297年~1317年)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。足利貞氏の長男で最初の嫡子。母は北条(金沢)顕時の娘・釈迦堂殿とされる。足利尊氏・足利直義の異母兄にあたり、子に足利安芸守、田摩御坊源淋、女子(上杉朝定室)、女子…

五大院高繁

五大院 高繁(ごだいいん たかしげ、1304年頃?~1333年カ)は、鎌倉時代後期の武士、御内人(得宗被官)。実際の史料で確認できる通称は五大院右衛門太郎。妹は北条高時の側室・常葉前(ときわのまえ)。 生年と烏帽子親の推定 高繁の最期 五大院氏について 脚…