Henkipedia

アンサイクロペディア、エンサイクロペディア等に並ぶことを目指す、Wikipediaの歴史系パロディサイト。扱うのは主に鎌倉時代、たまに室町~江戸時代も。主に"偏諱"に着目して、鎌倉幕府御家人の世代や烏帽子親(名前の1字を与えた人物)の推定を行い論ずる。あくまで素人の意見であるから、参考程度に見ていただければと思う。

北条高時の偏諱

六角時信

佐々木 時信(ささき ときのぶ、1306年~1346年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。のちの六角氏となる家系に生まれ、六角時信(ろっかく ー)とも呼ばれる。父は佐々木頼綱(六角頼綱)。 『尊卑分脈』*1での注記は次の通りである。 …

畠山高国

畠山 高国(はたけやま たかくに、1305年~1351年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人、守護大名。 『尊卑分脈』での注記には「観応二二十二於奥刕(=奥州)為貞家被討四十七才」(=観応2(1351)年2月12日、奥州にて吉良貞家に討たれ、…

京極高氏

佐々木 高氏(ささき たかうじ、1296年~1373年)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将、御家人、守護大名。 京極流佐々木宗氏の子。母は佐々木宗綱の娘(貞宗の姉)。 父・宗氏を介して母方の叔父・貞宗の京極流惣領の座を継ぎ、京極高氏(きょうご…

大仏高直

北条 高直(ほうじょう たかなお、1316年頃?~1334年)は、鎌倉時代末期の武将・御家人。 大仏流北条維貞の子で、大仏 高直(おさらぎ ー)とも呼ばれる。 元弘の変における高直 "陸奥右馬権助"高直 生年と烏帽子親の推定 高直の刑死 参考ページ 脚注 元弘の…

武石高広

武石 高広(たけいし たかひろ、1297年~1339年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。 実際の史料上では確認できないが、「千葉大系図」によると、通称は四郎、暦応2(1339)年5月22日の和泉国石津の戦いで高師直の軍勢に敗れ、大将の北畠…

長井高広

長井 高広(ながい たかひろ、旧字:長井髙廣、1305年頃?~没年不詳(1352年以後)) は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての人物、御家人。長井氏の庶流、六波羅評定衆家(泰重流)の当主。 はじめに 長井貞重の嫡男 兄弟・長井勝深について 史料におけ…

塩冶高貞

佐々木 高貞(ささき たかさだ、生年不詳(1300年代後半?)~1341年)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武士、御家人。塩冶高貞(えんや ー、旧字体:鹽冶髙貞)とも。 historyofjapan-henki.hateblo.jp こちらの記事▲で父・佐々木貞清が1280年代後半…

佐々木清高

佐々木 清高(ささき きよたか、1295年~1333年)は、鎌倉時代後期から末期にかけての武将、御家人。隠岐清高(おき ー)とも*1 。 父は佐々木宗清、母は佐々木宗綱(京極宗綱)の娘*2。妻は太田時連の娘(『続群書類従』所収系図・『諸家系図纂』所収「佐々…

常葉重高

北条 重高(ほうじょう しげたか、1312年頃?~1333年5月22日?)は、鎌倉時代後期~末期の武将、御家人。北条氏一門、常葉流北条範貞の子で、常葉重高とも。通称(輩行名)は三郎(越後三郎 → 駿河三郎?)。 「正宗寺本 北条系図」での記載について 重高の年…

大仏高宣

北条 高宣(ほうじょう たかのぶ、1305年頃?~1328年)は、鎌倉時代末期の北条氏一門。大仏流北条維貞の子で、大仏高宣(おさらぎ ―)とも呼ばれる。 historyofjapan-henki.hateblo.jp 以下本稿では、これまで未詳とされてきた高宣の生年や烏帽子親の推定を…

安達高茂

安達 高茂(あだち たかしげ / たかもち、1305年頃?~1333年)は、鎌倉時代末期の武将、御家人。 各史料での安達高茂とその最期 高茂の世代と烏帽子親の推定 脚注 各史料での安達高茂とその最期 ▲【図A】『尊卑分脈』〈国史大系本〉安達氏系図より一部抜粋 …

安達顕高

安達 顕高(あだち あきたか、1310年頃?~1333年5月22日)は、鎌倉時代末期の武将、御家人。 『尊卑分脈』によれば、安達時顕(法名:延明)の子で安達高景の弟。 ▲(吉川弘文館より刊行の、国史大系本『尊卑分脉』第二巻より) 実名に着目すると、「顕」の…

安達高景

安達 高景(あだち たかかげ、1302年頃?~1333年5月22日)は、鎌倉時代後期から末期にかけての武将、御家人。 はじめに:主な活動歴 高景の讃岐権守任官と世代の推定 高景の名乗りと北条高時 「秋田城介安達高景」としての活動 "関東両使"・五番引付頭人とし…

小山秀朝

小山 秀朝(おやま ひでとも、1306年頃?~1335年)は、鎌倉時代末期から南北朝時代初頭にかけての武将。 初めは得宗・北条高時の偏諱を受けて小山高朝(- たかとも)と名乗っていた。 小山秀朝の最期 小山秀朝の系図上での位置 小山秀朝の活動 ―鎌倉幕府滅亡…

【特集】得宗被官・長崎氏

今月主体的に扱ったのは、鎌倉時代後期に御内人(得宗被官)の筆頭格として著名な長崎氏である。 その中でも北条高時政権期に安達時顕と双璧を成す形で事実上の最高権力者であった長崎円喜(えんき)は、北条時宗の死後、その子・貞時の内管領として安達泰盛一…

【論稿】『金沢文庫古文書』324号「金沢貞顕書状」の年月日比定 について

はじめに 書状中の人物の比定 (1)書状の筆者と寄合衆のメンバー (2)期間の絞り込み (3)奥州・武州・相州 (4)他人物の比定① (5)他人物の比定② :「長入道」「長崎左衛門」 (6)貞顕の鎌倉下向時期 (7)他人物の比定③ :「武州」 書かれた…

長崎高重

長崎 高重(ながさき たかしげ)は、鎌倉時代末期の武将・得宗被官。通称は次郎。 長崎高重の活動とその系譜 「高重」の名乗りと実父についての考察 長崎流における通称名 長崎氏嫡流の名乗りと平資盛後胤説 高重と北条高時の烏帽子親子関係 系譜についての…

名越高家

北条 高家(ほうじょう たかいえ)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。 北条朝時を祖とする名越流北条氏、同時代に2名実在が確認され、ともに名越高家(なごえ ー)とも呼ばれる。 名越時家の子。鎌倉時代末期に名越流嫡流の当主を務めた。本項で中心的に扱う…

足利尊氏

足利 尊氏(あしかが たかうじ、1305年~1358年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代の武将。初めは鎌倉幕府の御家人で 足利高氏(読み同じ)を名乗っていた。のち室町幕府の初代征夷大将軍。 父は足利貞氏。母は上杉頼重の娘・清子。 ▲伝足利尊氏像(浄土寺蔵…

【論稿】北条得宗家と足利氏の烏帽子親子関係成立について

[目次] 北条・足利両家の一字共有 得宗からの一字拝領の慣例化 泰氏の一字拝領 と 北条・足利両家の関係性 泰氏の子の命名 と 頼氏の改名の意味 時宗による家時への一字付与 "得宗専制"下での烏帽子親子関係 家時と宗家 貞時による貞氏への「足利氏嫡流」「…

【論稿】北条高時滅亡後の改名現象・補

備考: 改名を行った家柄について 足利氏一門 三浦氏一族 千葉氏 武田氏 小笠原氏 佐々木氏一門 伊東氏 その他の氏族 総括 脚注 前回記事では、鎌倉幕府滅亡後、最後の得宗(鎌倉幕府第14代執権)であった北条高時からの偏諱「高」を棄てる形で改名する御家…

【論稿】北条高時滅亡後の改名現象

historyofjapan-henki.hateblo.jp ▲前回記事では、江戸幕府滅亡後の改名事例を取り扱った。 本項では、鎌倉幕府滅亡後の改名現象について紹介する。 [目次] はじめに ―二階堂氏の改名現象を例に― 〔史料A〕補注 高時滅亡後の改名現象 〔表C〕補注 改名の理…

斯波高経

斯波 高経(しば たかつね、1305年~1367年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代の武将にかけての武将、守護大名。足利高経とも。 『続群書類従』所収「山野辺(山野邊)氏系図」*1の高経の注記に「貞治六年七月十三日卒。年六十三。」とあり、1367年に63歳(数…

真壁高幹

真壁 高幹(まかべ たかもと、1299年~1354年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将。 真壁氏は桓武平氏の一門・大掾氏(多気氏)より分かれた一族で「幹」を通字としていた。 父は真壁幹重とされる。川島孝一氏の説によると、1299年9月生まれ*1。…

河越高重

河越 高重(かわごえ たかしげ、1300年代初頭? - 1340年頃?)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将、河越氏嫡流の当主。通称は次郎。三河守。 河越高重 - Wikipedia 本項は、Wikipediaに準拠し、法名:円重といった誤りの指摘や、経歴の追加など、史…