Henkipedia

アンサイクロペディア、エンサイクロペディア等に並ぶことを目指す、Wikipediaの歴史系パロディサイト。扱うのは主に鎌倉時代、たまに室町~江戸時代も。主に"偏諱(へんき)"に着目して、鎌倉幕府御家人の世代や烏帽子親(名前の1字を与えた人物)の推定を行い論ずる。あくまで素人の意見であるから、参考程度に見ていただければと思う。

島津氏

島津久時

島津 久時(しまづ ひさとき、1225年~1284年)は、鎌倉時代中期の武将、御家人。島津忠時の嫡男で、島津氏の第3代当主。晩年に島津久経(ひさつね)に改名。法名は道忍(どうにん)。子に島津忠宗、島津忠長(久長)。通称は大隅修理亮、下野守など。 はじめ…

島津忠宗

島津 忠宗(しまづ ただむね、1251年~1325年)は、鎌倉時代中期から末期にかけての武将、御家人。島津氏第4代当主。父は島津久経、母は相馬胤綱の三女・谷殿(浄温夫人、尼・妙智)*1。子に島津貞久など。通称は三郎、左衛門尉、下野守。法名は道義(どうぎ…

島津貞久

島津 貞久(しまづ さだひさ、1269年~1363年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。島津忠宗の嫡男で、島津氏第5代当主。薩摩・大隅・日向の守護大名。 通称は三郎左衛門尉、上総介、上総入道など。法名は道鑑(どうかん、表記は道鑒と…

島津忠時

島津 忠時(しまづ ただとき、1202年~1272年)は、鎌倉時代前期から中期にかけての武将、御家人。島津忠久の嫡男で、島津氏第2代当主。子に島津久時(久経)。初名は島津忠義(ただよし)。通称は三郎兵衛尉。大隅守。法名は道仏(どうぶつ)。 『吾妻鏡』に…