源姓畠山氏
畠山 時国(はたけやま ときくに、1260年代?~没年不詳)は、鎌倉時代中期の武将。 畠山国氏の嫡男。通称および官途は 畠山三郎太郎、阿波守。法名は上蓮(じょうれん)。 系図によって若干記載の仕方が異なっており、次の通りである。 『尊卑分脈』*1時国の…
畠山 貞国(はたけやま さだくに、1280年代?~13??年)は、鎌倉時代中期・後期の御家人。 『尊卑分脈』によると、畠山時国の子で、官位は従五位下、通称および官途は 畠山次郎、式部大夫、民部丞。 貞国に関する史料は残念ながら確認できないが、1280年代~1…
はじめに 鎌倉時代後期~南北朝時代初期の畠山氏 畠山国清・義深兄弟 畠山家国と畠山高国 鎌倉時代中期の畠山氏 畠山国氏と畠山時国 北条氏得宗家との烏帽子親子関係 各当主の世代と系譜の推定 脚注 はじめに 次に掲げる系図は『尊卑分脈』*1をベースに、『…
畠山 直泰(はたけやま ただやす、1330年頃?~1351年)は、南北朝時代の武将。畠山高国の次男。兄は畠山国氏。通称は二郎(上野二郎)。 historyofjapan-henki.hateblo.jp 『尊卑分脈』*1を見ると、高国の項に「観応二二十二於奥刕(=奥州)為貞家被討四十…
畠山 直宗(はたけやま ただむね、1320年代?~1349年)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武士。清和源氏流足利氏一門・畠山氏の一族で、畠山義生(よしなり)*1を祖とする美濃畠山氏の出身。 『尊卑分脈』(以下『分脈』と略記)によると、通称および…
畠山 直顕*1(はたけやま ただあき、1310年代?~1370年代?)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将。清和源氏流足利氏一門・畠山氏の一族で、畠山義生(よしなり)*2を祖とする美濃畠山氏の出身。 初名は畠山義顕(よしあき)。通称および官途は七郎(…
畠山 国氏(はたけやま くにうじ、1325年頃?~1351年)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将。室町幕府奥州管領。畠山高国の嫡男。 historyofjapan-henki.hateblo.jp 『尊卑分脈』を見ると、高国の項に「観応二二十二於奥刕(=奥州)為貞家被討四…
畠山 泰国(はたけやま やすくに、1210年?~没年不詳(1270年頃?))は、鎌倉時代前期から中期にかけての武将、御家人。足利義純の3男にして嫡男。 生年の推定 『吾妻鏡』等における泰国 烏帽子親の推定 脚注 生年の推定 まずは、『尊卑分脈』の畠山氏系図*1…
田中 時朝(たなか ときとも、1196年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代前期の武将、御家人。足利義純の次男。通称は田中次郎、初名は田中時明(ときあき)。 『尊卑分脈』*1等の畠山氏系図によると、足利義兼の長男で、義氏の舎兄であった父の畠山義純(足利義純…
岩松 時兼(いわまつ ときかね、1195年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代前期の武将、御家人。足利義純の長男。通称は岩松太郎、蔵人太郎。 『尊卑分脈』*1等の畠山氏系図によると、足利義兼の長男で、義氏の舎兄であった父の畠山義純(足利義純)は、承元4(1210)…
畠山 高国(はたけやま たかくに、1305年~1351年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人、守護大名。 『尊卑分脈』での注記には「観応二二十二於奥刕(=奥州)為貞家被討四十七才」(=観応2(1351)年2月12日、奥州にて吉良貞家に討たれ、…