Henkipedia

アンサイクロペディア、エンサイクロペディア等に並ぶことを目指す、Wikipediaの歴史系パロディサイト。扱うのは主に鎌倉時代、たまに室町~江戸時代も。主に"偏諱(へんき)"に着目して、鎌倉幕府御家人の世代や烏帽子親(名前の1字を与えた人物)の推定を行い論ずる。あくまで素人の意見であるから、参考程度に見ていただければと思う。

足利氏一門

斯波宗家

斯波 宗家(しば むねいえ、1250年頃?~1285年カ)は、鎌倉時代中期の武将。尾張足利氏(のちの斯波氏)の第2代当主。足利家氏の嫡男で、生母は阿蘇為時の娘。実際の史料では足利尾張三郎の通称で呼ばれており(後述史料参照)、足利宗家(あしかが ー)と呼…

足利高義

足利 高義(あしかが たかよし、1297年~1317年)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。足利貞氏の長男で最初の嫡子。母は北条(金沢)顕時の娘・釈迦堂殿とされる。足利尊氏・足利直義の異母兄にあたり、子に足利安芸守、田摩御坊源淋、女子(上杉朝定室)、女子…

足利貞氏

足利 貞氏(あしかが さだうじ、1273年~1331年)は、鎌倉時代後期~末期の武将、鎌倉幕府御家人。足利家時の嫡男で、足利宗家第7代当主 。足利高義・足利尊氏・足利直義の父。通称は三郎。 足利貞氏像(浄妙寺所蔵)▲ 『尊卑分脈』*1・『常楽記』*2などによ…

足利泰氏

足利 泰氏(あしかが やすうじ、1216年~1270年)は、鎌倉時代前期の鎌倉幕府御家人。足利義氏の嫡男で足利宗家第4代当主。 『尊卑分脈』*1などによると、文永7(1270)年5月10日に55歳(数え年、以下同様)で亡くなったといい、『吾妻鏡』建長3(1251)年12月2…

足利頼氏

足利 頼氏(あしかが よりうじ、1240年~1262年)は、鎌倉時代中期の武将、鎌倉幕府御家人。足利宗家第5代当主。父は足利泰氏、母は北条時氏の娘(北条時頼の妹)。初名は足利利氏(ー としうじ)。 『吾妻鏡』における初見は建長4(1252)年11月11日条の「足…

渋川貞頼

渋川 貞頼(しぶかわ さだより、1280年頃?~1325年頃?)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。足利氏一門・渋川氏の第3代当主。 『尊卑分脈』*1によれば、通称は彦三郎、父は渋川義春、母は北条時広の娘「あかはん」(「越前守平時廣女」)と伝わる。源貞頼、足…

足利尊氏

足利 尊氏(あしかが たかうじ、1305年~1358年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代の武将。初めは鎌倉幕府の御家人で 足利高氏(読み同じ)を名乗っていた。のち室町幕府の初代征夷大将軍。 父は足利貞氏。母は上杉頼重の娘・清子。 ▲伝足利尊氏像(浄土寺蔵…

【論稿】北条得宗家と足利氏の烏帽子親子関係成立について

[目次] 北条・足利両家の一字共有 得宗からの一字拝領の慣例化 足利泰氏の一字拝領 と 北条・足利両家の関係性 泰氏の子の命名 と 足利頼氏の改名の意味 時宗による足利家時への一字付与 "得宗専制"下での烏帽子親子関係 家時と宗家 貞時による足利貞氏への…

斯波家兼

斯波 家兼(しば いえかね、1308年~1356年6月13日)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将。 活動の詳細については 斯波家兼 - Wikipedia を参照。本項では名乗りに関する考察を述べたいと思う。 改名の時期と理由 historyofjapan-henki.hateblo.jp…

斯波高経

斯波 高経(しば たかつね、1305年~1367年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代の武将にかけての武将、守護大名。足利高経(あしかが ー)とも。 『続群書類従』所収「山野辺(山野邊)氏系図」*1の高経の注記に「貞治六年七月十三日卒。年六十三。」とあり、1…