Henkipedia

アンサイクロペディア、エンサイクロペディア等に並ぶことを目指す、Wikipediaの歴史系パロディサイト。扱うのは主に鎌倉時代、たまに室町~江戸時代も。主に"偏諱"に着目して、鎌倉幕府御家人の世代や烏帽子親(名前の1字を与えた人物)の推定を行い論ずる。あくまで素人の意見であるから、参考程度に見ていただければと思う。

尾藤頼景

尾藤 頼景(びとう よりかげ、1230年代後半?~没年不詳)は、鎌倉時代中期の武将、御内人(得宗被官)。尾藤景氏の嫡男。尾藤時綱(演心)の父。 頼景については、生没年も含め不明な点が多い。まずは世代の推定にあたって、『尊卑分脈』に基づき作成した次の…

大掾高幹

大掾 高幹(だいじょう たかもと、1310年頃?~1380年頃?)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将。桓武平氏より分かれた大掾氏の嫡流にあたる多気氏の当主で、多気高幹(たけ ー)とも呼ばれる。通称は十郎。 世代と烏帽子親の推定 史料における高幹…

三浦高継

三浦 高継(みうら たかつぐ、1305年頃?~1339年カ)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将。三浦氏の庶流・佐原氏の一族から盛時が再興した "三浦介" 家(=相模三浦氏)の当主であり、歴史研究では佐原高継(さはら/さわら ー)とも呼ばれることも…

相馬高胤

相馬 高胤(そうま たかたね、1315年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将、下総相馬氏当主。通称は小次郎。 相馬氏の系図上では確認できない人物だが、次の史料により実在が確かめられる。 【史料A】元弘4(1334=建武元)年正月付「…

足利高義

足利 高義(あしかが たかよし、1297年~1317年)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。足利貞氏の長男で最初の嫡子。母は北条(金沢)顕時の娘・釈迦堂殿とされる。足利尊氏・足利直義の異母兄にあたり、子に足利安芸守、田摩御坊源淋、女子(上杉朝定室)、女子…

足利貞氏

足利 貞氏(あしかが さだうじ、1273年~1331年)は、鎌倉時代後期~末期の武将、鎌倉幕府御家人。足利家時の嫡男で、足利宗家第7代当主 。足利高義・足利尊氏・足利直義の父。通称は三郎。 足利貞氏像(浄妙寺所蔵)▲ 『尊卑分脈』*1・『常楽記』*2などによ…

足利泰氏

足利 泰氏(あしかが やすうじ、1216年~1270年)は、鎌倉時代前期の鎌倉幕府御家人。足利義氏の嫡男で足利宗家第4代当主。 『尊卑分脈』*1などによると、文永7(1270)年5月10日に55歳(数え年、以下同様)で亡くなったといい、『吾妻鏡』建長3(1251)年12月2…

足利頼氏

足利 頼氏(あしかが よりうじ、1240年~1262年)は、鎌倉時代中期の武将、鎌倉幕府御家人。足利宗家第5代当主。父は足利泰氏、母は北条時氏の娘(北条時頼の妹)。初名は足利利氏(ー としうじ)。 『吾妻鏡』における初見は建長4(1252)年11月11日条の「足…

小笠原貞宗

小笠原 貞宗(おがさわら さだむね、1292年頃~1347年)は、鎌倉時代後期から室町時代前期の武将。信濃小笠原氏の当主。信濃守護。 幼名は豊松丸。今野慶信氏がご紹介のように、各種小笠原系図*1や『甲斐信濃源氏綱要』*2によると、徳治元(1306)年11月20日に…

小笠原宗長

小笠原 宗長(おがさわら むねなが、1272年~1333年カ)は、鎌倉時代後期から室町時代前期の武将。信濃小笠原氏の当主。父は小笠原長氏、母は伴野長房(長泰の誤りか)の娘と伝わる。 北条時宗の烏帽子子 当主としての活動 脚注 北条時宗の烏帽子子 今野慶信…

五大院宗繁

五大院 宗繁(ごだいいん むねしげ、1270年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代後期の武士、御内人(得宗被官)。通称は五大院太郎右衛門尉か。 軍記物語であるが『太平記』の次の部分に宗繁なる人物が登場する。 【史料1】『太平記』巻11「五大院右衛門宗繁賺相摸…

五大院高繁

五大院 高繁(ごだいいん たかしげ、1304年頃?~1333年カ)は、鎌倉時代後期の武士、御内人(得宗被官)。実際の史料で確認できる通称は五大院右衛門太郎。妹は北条高時の側室・常葉前(ときわのまえ)。 生年と烏帽子親の推定 高繁の最期 五大院氏について 脚…

普音寺高基

北条 高基(ほうじょう たかもと、1316年頃?~1333年)は鎌倉時代末期の武将。普音寺流北条氏の一門。第13代執権・北条基時(普音寺基時)の子で、普音寺高基/普恩寺高基(ふおんじ ー)とも呼ばれる。 まずは次の史料をご覧いただきたい。 【史料1】 (年…

摂津高親

摂津 高親(つ の たかちか/せっつ の ー、1306年頃?~1333年)は、鎌倉時代末期の武士・吏僚、得宗被官(御内人)。 史料上における摂津高親 高親の子・摂津時親 摂津氏歴代の任官年齢 北条高時の烏帽子子 脚注 史料上における摂津高親 細川重男氏がまとめ…

戸次高貞

戸次 高貞(べっき/へつぎ たかさだ、1305年頃?~没年不詳(1320年代後半?))は、鎌倉時代後期の武将、御家人。大友氏の一門・戸次氏の人物。 【表1】各系図類における戸次氏嫡流の記載内容(烏帽子親に関する情報を中心に)*1 上表に示した通り、高貞が元…

葦名高盛

葦名 高盛(あしな たかもり、1318年8月15日?~1335年8月17日)は、鎌倉時代末期の武将。 葦名盛貞(盛員とも)の最初の嫡男。蘆名高盛、芦名高盛とも書く。 【史料A】『会津四家合全』黒川小田山城主佐原十郎義連家系之事*1 より一部抜粋 葦名遠江守盛員(…

安藤高季

安藤 高季(あんどう たかすえ、1315年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての陸奥国の武将、御内人。幼名は犬法師。通称は安藤五郎太郎。父は安藤宗季。 北条高時の烏帽子子 安藤師季 脚注 北条高時の烏帽子子 【史料1】正中2(1325)年9月…

安東貞忠

安東 貞忠(あんどう さだただ、1290年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代後期の武将、得宗被官。 安東貞忠の実在については次の史料で確認ができる。 【史料1】(正中3(1326=嘉暦元)年?)正月17日付「金沢貞顕書状」(『金沢文庫文書』)*1 御吉事等、猶々不可有…

二階堂貞綱

二階堂 貞綱(にかいどう さだつな、1260年代?~没年不詳)は、鎌倉時代後期の御家人。 生年の推定 息子・二階堂行朝(行珍)について 貞綱の名乗りについて 脚注 生年の推定 historyofjapan-henki.hateblo.jp こちら▲の記事で紹介した通り、『尊卑分脈』に…

渋川貞頼

渋川 貞頼(しぶかわ さだより、1280年頃?~1325年頃?)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。足利氏一門・渋川氏の第3代当主。 『尊卑分脈』*1によれば、通称は彦三郎、父は渋川義春、母は北条時広の娘「あかはん」(「越前守平時廣女」)と伝わる。源貞頼、足…

佐竹貞義

佐竹 貞義(さたけ さだよし、1287年~1352年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将。佐竹氏第8代当主。 ▲『古押譜』より、佐竹貞義の花押*1 『正宗寺記』など複数の史料・系図類によれば、文和元(1352)年9月10日に66歳で亡くなったといい*2、逆算…

毛利時親

毛利 時親(もうり ときちか、1258年頃?~1341年)は、鎌倉時代中期から南北朝時代にかけての武将、御家人、安芸毛利氏の当主。父は毛利経光。 historyofjapan-henki.hateblo.jp 祖父・毛利季光(大江広元の4男)については、宝治合戦(1247年)で三浦泰村方に…

毛利貞親

毛利 貞親(もうり さだちか、1280年頃?~1351年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。安芸毛利氏。父は毛利時親。 [:contents] 生年と烏帽子親の推定 【史料A】建武3(1336)年正月30日付「毛利貞親自筆譲状」(『毛利家文書』)*1 譲与…

狩野時親

狩野 時親(かのう ときちか、生没年未詳)は、鎌倉時代中・後期の武士、御家人。 通称は六郎左衛門尉、狩野介。 ▲【図A】今野慶信氏作成による狩野氏の略系図*1 近年、今野氏が「南家伊東氏藤原姓大系図」*2の中の伊東氏以外の部分について、他史料との照合…

狩野貞親

狩野 貞親(かのう さだちか、1280年代?~没年不詳(1333年以後))は、鎌倉時代後期の武士、伊豆・駿河国の御家人。通称は六郎左衛門尉、狩野介、狩野介入道。 ▲【図A】今野慶信氏作成による狩野氏の略系図*1 近年、今野氏が「南家伊東氏藤原姓大系図」*2の…

戸次時親

戸次 時親(べっき/へつぎ ときちか、1258年頃?~1290年)は、鎌倉時代中・後期の武将、御家人。大友氏の一門・戸次氏の当主。 【表1】各系図類における戸次氏嫡流の記載内容(烏帽子親に関する情報を中心に)*1 上表に示した通り、時親が北条時宗を加冠役(…

戸次貞直

戸次 貞直(べっき/へつぎ さだなお、1278年頃?~1333年)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。大友氏の一門・戸次氏の当主。戸次時親の嫡男。 historyofjapan-henki.hateblo.jp 【表1】各系図類における戸次氏嫡流の記載内容(烏帽子親に関する情報を中心に)*1…

工藤時光

工藤 時光(くどう ときみつ、生年不詳(1250年代後半?)~没年不詳(1325年頃?))は、鎌倉時代後期の武士。北条氏得宗家被官である御内人。藤原南家工藤氏より分かれた奥州工藤氏の一族。 出家後は工藤二郎右衛門入道と称し(「南家伊東氏藤原姓大系図」)…

工藤貞祐

工藤 貞祐(くどう さだすけ、1283年?~1334年?)は、鎌倉時代後期の武士。北条氏得宗家被官である御内人。藤原南家工藤氏より分かれた奥州工藤氏の一族。 父親と烏帽子親について 史料上での工藤貞祐 死没についての考察 脚注 父親と烏帽子親について ▲【図…

千竈時家

千竈 時家(ちかま ときいえ、生年未詳(1270年頃?)~没年未詳)は、鎌倉時代後期の武士、御家人、御内人(得宗被官)。 前史 千竈時家の譲状と烏帽子親について 脚注 前史 千竈氏は桓武平氏高望流秩父氏の末裔とされ、鎌倉時代を通じて尾張国千竈郷(現・…