Henkipedia

アンサイクロペディア、エンサイクロペディア等に並ぶことを目指す、Wikipediaの歴史系パロディサイト。扱うのは主に鎌倉時代、たまに室町~江戸時代も。主に"偏諱(へんき)"に着目して、鎌倉幕府御家人の世代や烏帽子親(名前の1字を与えた人物)の推定を行い論ずる。あくまで素人の意見であるから、参考程度に見ていただければと思う。

人物紹介

尾藤時綱

尾藤 時綱(びとう ときつな、生年不詳(1260年代?)~1331年頃?)は、鎌倉時代後期の武将、御内人(得宗被官)。尾藤頼景(景頼)の嫡男。通称および官途は二郎、左衛門尉、左衛門入道。法名は演心(えんしん)。初名は尾藤時景(ときかげ)とも(『尊卑分脈』)…

葦名盛宗

葦名 盛宗(あしな もりむね、1259年?~没年不詳(※諸説あり))は、鎌倉時代中期から後期にかけての武将、御家人。 生没年については諸説伝えられる。 ●【史料1】『葦名系図』『葦名系図并添状 全』(『東大謄写』) 「葦名三郎左衛門尉。従五位下。遠江守…

平賀貞義

平賀 貞義(ひらが さだよし、1294年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。平賀朝村の次男。 historyofjapan-henki.hateblo.jp こちら▲の記事で紹介の通り、『尊卑分脈』*1(以下『分脈』と略記)によると、新羅三郎義光流で源氏門葉として源頼朝…

平賀貞経

平賀 貞経(ひらが さだつね、1293年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。平賀朝村の嫡男。 『尊卑分脈』*1(以下『分脈』と略記)によると、新羅三郎義光流で源氏門葉として源頼朝に重用された平賀義信の次男・平賀朝政の曾孫である。その注記に…

安達時顕

安達 時顕(あだち ときあき、1282年頃?~1333年)は、鎌倉時代後期から末期にかけての武将、御家人。法名は延明(えんめい)。通称は秋田城介、城入道、別駕など。 系譜・生年・烏帽子親について 史料上における秋田城介時顕 時顕死後の所領について 脚注 …

大仏高政

北条 高政(ほうじょう たかまさ、1310年頃?~1333年?)は、鎌倉時代末期の武将、御家人。北条氏一門・大仏貞直の嫡男で、大仏高政(おさらぎ ー)とも。通称は五郎。 本項で扱うのは、次の史料に現れる人物である。 【史料A】(嘉暦4年?)「崇顕(金沢貞顕)…

二階堂高行

二階堂 高行(にかいどう たかゆき、1312年頃?~1392年?)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての人物。通称は三郎。のちに二階堂行光(ゆきみつ、二階堂行元とも)に改名か。 『尊卑分脈』*1(以下『分脈』と略記)によると父は二階堂貞衡。兄・二階堂行…

二階堂高貞

二階堂 高貞(にかいどう たかさだ、1300年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての人物。『尊卑分脈』*1(以下『分脈』と略記)によると、のちに二階堂行広(ゆきひろ)に改名。通称は三郎左衛門、山城左衛門大夫、丹後守。従五位下。父は…

二階堂行直

二階堂 行直(にかいどう ゆきなお、1311年頃?~1348年)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての人物。室町幕府政所執事。初名は二階堂高衡(たかひら)。『尊卑分脈』*1(以下『分脈』と略記)によると父は二階堂貞衡、母は秋田城介・安達時顕の娘。通称…

二階堂貞衡

二階堂 貞衡(にかいどう さだひら、1291年~1332年)は、鎌倉時代後期から末期にかえての御家人、鎌倉幕府の政所執事。父は二階堂行貞。官途は左衛門尉、美作守。法名は行恵(ぎょうけい)。 『北条九代記』(『鎌倉年代記』と同内容)に「行恵 美作入道 俗名…

二階堂行貞

二階堂 行貞(にかいどう ゆきさだ、1269年~1329年)は、鎌倉時代後期から末期にかけての鎌倉幕府御家人、政所執事。父は二階堂行宗。官途は左衛門尉、信濃守、山城守。通称は丹後次郎、山城入道など。法名は行暁。 生没年と烏帽子親について 関連史料の紹…

二階堂忠貞

二階堂 忠貞(にかいどう たださだ、1280年~1333年)は、鎌倉時代後期から末期にかけての御家人。通称は左衛門尉、摂津判官、伊勢守(伊勢前司/伊勢入道)。法名は行意(ぎょうい)。 『尊卑分脈』二階堂氏系図(以下『分脈』と略記)によると、父は二階堂盛…

二階堂光貞

二階堂 光貞(にかいどう みつさだ、1290年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代後期の人物。父は二階堂宗実。 『作者部類』(『勅撰作者部類』)に「頓阿 法師俗名貞宗。二階堂下野守〔ママ〕光貞子」*1、『続群書類従』所収「工藤二階堂系図」に「光貞 下総守 ― 貞…

二階堂貞宗

二階堂 貞宗(にかいどう さだむね、1289年?~1372年?)は、鎌倉時代後期から室町時代初期にかけての人物。 『作者部類』に「頓阿 法師俗名貞宗。二階堂下野守〔ママ〕光貞子」*1、『続群書類従』所収「工藤二階堂系図」に「光貞 下総守 ― 貞宗 遁世、頓阿」…

二階堂貞雄

二階堂 貞雄(にかいどう さだお / さだかつ、1286年頃?~1333年カ)は、鎌倉時代後期から末期にかけての御家人。父は二階堂政雄(頼綱の弟)、母は二階堂行藤の娘(時藤・貞藤の姉妹にあたる)*1。子に二階堂行雄。通称は三郎兵衛尉、因幡守(因幡入道)。…

二階堂高雄

二階堂 行高(にかいどう ゆきたか、1299年~1333年)は、鎌倉時代末期の御家人。幼名は若寸丸。初名は二階堂高雄(たかお / たかかつ)。法名は行淳(ぎょうじゅん) または 行凉(ぎょうりょう)。父は二階堂政雄(頼綱の弟)、母は二階堂行藤の娘(時藤・貞藤…

二階堂高元

二階堂 高元(にかいどう たかもと、1310年頃?~没年不詳(1342年以後))は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかえての人物。のちに二階堂行春(ゆきはる)と改名。父は二階堂行元。通称は下野判官。 【史料A】建武元(1334)年正月付「関東廂番定書写」(『建武…

二階堂高憲

二階堂 高憲(にかいどう たかのり、1300年代初頭?~没年不詳)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかえての人物。出家の直前に二階堂行清(ゆききよ)と改名。父は二階堂行憲。法名は行珍 または 行孫 とされる。通称は因幡三郎左衛門尉。 【史料A】建武元(13…

規矩高政

北条 高政(ほうじょう たかまさ*1、1307年頃?~1334年カ)は、鎌倉時代末期の北条氏一門。肥後国守護。豊前国規矩郡(のちの企救郡、現・福岡県北九州市)を領したので、規矩高政(きく ー)とも呼ばれる。通称は上総掃部助、規矩掃部助。 関連史料の紹介 …

金沢貞顕

北条 貞顕(ほうじょう さだあき、1278年~1333年)は、鎌倉時代後期~末期の武将、御家人、北条氏一門。金沢顕時の嫡男。母は遠藤為俊の娘・入殿。金沢流北条氏の第4代当主で、金沢貞顕(かねさわ ー)とも呼ばれる。鎌倉幕府においては第12代連署、第15代…

島津久時

島津 久時(しまづ ひさとき、1225年~1284年)は、鎌倉時代中期の武将、御家人。島津忠時の嫡男で、島津氏の第3代当主。晩年に島津久経(ひさつね)に改名。法名は道忍(どうにん)。通称は大隅修理亮、下野守など。 はじめに 忠時の嫡男 下野守任官と「久…

島津忠宗

島津 忠宗(しまづ ただむね、1251年~1325年)は、鎌倉時代中期から末期にかけての武将、御家人。島津氏第4代当主。父は島津久経、母は相馬胤綱の三女・谷殿*1。通称は三郎、左衛門尉、下野守。法名は道義(どうぎ)。初名は島津宗忠(むねただ)か。 系譜…

島津貞久

島津 貞久(しまづ さだひさ、1269年~1363年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。島津忠宗の嫡男で、島津氏第5代当主。薩摩・大隅・日向の守護大名。 通称は三郎左衛門尉、上総介、上総入道など。法名は道鑑(どうかん、表記は道鑒と…

島津忠時

島津 忠時(しまづ ただとき、1202年~1272年)は、鎌倉時代前期から中期にかけての武将、御家人。島津忠久の嫡男で、島津氏第2代当主。初名は島津忠義(ただよし)。通称は三郎兵衛尉。大隅守。法名は道仏(どうぶつ)。 『吾妻鏡』における忠義(忠時) 『…

宇都宮貞綱

宇都宮 貞綱(うつのみや さだつな、1266年?~1316年)は、鎌倉時代中・後期の武将、御家人。宇都宮氏第8代当主。父は宇都宮景綱、母は安達義景の娘。 はじめに ー 北条貞時からの一字拝領 貞綱の弘安の役参戦について 貞綱の生年について 脚注 はじめに ー …

宇都宮高房

宇都宮 高房(うつのみや たかふさ、1297年?~1366年?)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。豊前宇都宮氏(=城井氏)の当主で、城井高房(きい ー)とも呼ばれる。通称は弥六、官途は左衛門尉、常陸介。 『尊卑分脈』(以下『分脈』と…

宇都宮高貞

宇都宮 高貞(うつのみや たかさだ、1305年頃?~1340年?)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。父は宇都宮貞綱で、宇都宮公綱(初め高綱)の弟にあたる。 史料上における高貞 芳賀高貞との同一人物説について 脚注 史料上における高貞 『…

宇都宮公綱

宇都宮 公綱(うつのみや きんつな、1302年~1356年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。宇都宮氏第9代当主。父は宇都宮貞綱、母は長井時秀の娘。初名は宇都宮高綱(たかつな)。 系図類を見ると、公綱の傍注に「本 高綱」(『尊卑分脈…

宇都宮泰綱

宇都宮 泰綱(うつのみや やすつな、1203年~1261年)は、鎌倉時代前・中期の武将、御家人。宇都宮氏第6代当主。『尊卑分脈』*1等によれば、父は宇都宮頼綱、母は北条時政の娘。 【史料】『吾妻鏡』弘長元(1261)年11月1日条 より 弘長元年十一月大一日己未。…

大内宗重

大内 宗重(おおうち むねしげ、1250年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代中期から後期にかけての武将、御家人。 系図類によれば、結城氏第3代当主・結城広綱の子。結城氏家督を継いだ兄弟・時広の配分を受けて下野国大内荘に入部し、その荘名を苗字として「大内弥…