Henkipedia

偏諱に関するコラムを綴る。扱うのは主に鎌倉時代、たまに室町~江戸時代も。鎌倉幕府御家人などの名前に着目し、誰から1字を貰ったかについての個人的な見解も論ずる。あくまで素人の意見であるから、参考程度に見ていただければと思う。

偏諱 について・入門

まず、最初に言っておきます。

このブログは、かなりマニアックな内容を扱っています。

歴史好きの方でも一概に興味を持つような内容ではないかもしれません。

なので、面白そうだなと思った方に見ていただければと思います。

 

 

さて、皆さんは歴史上の人物(日本史)の名前に着目したことはありますか?

よーく見てみると面白いことが起こっています。

 

 

1.偏諱とは?

武田信玄

信玄は出家後の法名。本名は武田信(はるのぶ)。

」の字は室町幕府第12代将軍・足利義から賜った。←この「晴」を偏諱(へんき)という。

 

上杉謙信

謙信は出家後の法名。初名は長尾景虎

上杉憲の養子となり「」の偏諱を受けて上杉

のち室町幕府第12代将軍・足利義から「」の偏諱を受けて上杉

そして上杉謙信へ。

 

徳川将軍家

徳川:初め館林藩主。のち、偏諱を与えた兄の4代将軍・の跡を継いで5代将軍に。

徳川紀伊徳川家出身。初め頼久。兄たちの早世により紀伊藩主を継いだ折に5代将軍・綱偏諱を賜る。のち徳川将軍家を継ぐ。

徳川水戸徳川家出身。一橋家を継いだ折に12代将軍・偏諱を賜る。

 

徳川家というと、初代・康や3代・光のように「」の字を代々使う(これを通字という)イメージがあるかもしれません。しかし、上記の3名は本来ならば将軍家を継ぐはずではなかったため、「家」の字が含まれていないんですね。

ちなみに、⑥家宣(初め豊)や ⑭家茂(初め福)の場合は、分家の出身者で初めは将軍の偏諱を賜っていましたが、将軍就任後に「●」という形に改名したというわけです。

 

このような現象は徳川の分家(松平氏含む)や外様大名などで見られました。

 

水戸徳川家:家康―頼房―圀=條---(略)---昭―篤(慶喜の兄)

薩摩 島津氏久―久―久―貴---(略)---興―彬=久(のち忠義)

公家・二条家道―平=平---(略)---信―

 

また、の3男、②の場合は「」の字を代々使うことが慣習となる前ということもありますが、豊臣吉の時代に「」の偏諱を授かったという理由による名乗りです。という兄がいたので、2文字目には家康の父・松平広忠に由来の「忠」を使用しています。

……これはもう誰からもらったか、言うまでもないですよね(笑)?

 

以上のように、

室町時代は 足利 将軍家

安土桃山時代は 織田信長 豊臣秀吉

江戸時代は 徳川 将軍家

 

から全国各地の大名は1文字(=偏諱)を貰う、という慣習がありました。

もちろん、「将軍⇒大名」という図式だけではなく、大名(本家筋)から分家や家臣へのやり取りもありました。

時代が現代に限りなく近いということもあって、その様子が窺える史料(系図や、加冠状という書状など)は沢山残されています。 

 

2.鎌倉時代の一字付与

さて、そうすると鎌倉時代はどうだったでしょうか?

 

将軍征夷大将軍)はいたことはいたものの、源氏→九条家親王と一定していません。そして、これに代わって、代々執権となった北条氏が実権を握っていました。

 

(歴代の鎌倉幕府将軍)

①源朝 ②頼家 ③  ④九条  ⑤頼嗣

親王 ⑦惟康親王 ⑧親王 ⑨親王

 

(北条氏略系図

時政―義時――時(初め時)―時氏――

      ―時          ―時時―時―

      ―重時―――――――――長時―――義時―時―益時

      ―義(のち実

 

(足利氏略系図 義氏―氏―(初め利氏)―家氏―氏(のち尊氏)

 

北条氏は、義時の息子数名と、その後は泰時の系統(=得宗家)と重時の系統(=赤橋流)が将軍の偏諱を賜ったようです。

しかし、のちに将軍家となる足利氏の歴代当主に着目すると、将軍から賜った形跡はありません。それどころか、何と同じく御家人であるはずの北条氏から1字を与えられているように見受けられます。

*頼氏の場合も、自身が北条時頼の甥(母が時頼の妹)であり、改名した時の将軍は宗尊親王、執権が時頼であったので「頼」の字は九条家からの偏諱であるはずはなく、時頼から賜ったとみるのが妥当です。

 

このように「将軍 ⇒ 北条氏(特に得宗家) ⇒ 他の御家人」という形式の、事実上二重構造となっているため、(将軍の1字を受けていない泰時・貞時・高時の場合は迷うことは無いですが)鎌倉時代中期の場合は、「経」や「頼」が九条頼経 or 北条経時・時頼、「宗」が宗尊親王 or 北条時宗 いずれかであるかの判別がし難い、そういう御家人が何名か見られます。

 

このブログでは、誰から1字を貰ったのかというところで、そうした御家人について、筆者独自の見解を述べようと思います。