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偏諱に関するコラムを綴る。扱うのは主に鎌倉時代、たまに室町~江戸時代も。鎌倉幕府御家人などの名前に着目し、誰から1字を貰ったかについての個人的な見解も論ずる。あくまで素人の意見であるから、参考程度に見ていただければと思う。

真壁高幹

真壁 高幹(まかべ たかもと、1299-1354)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将。

 

真壁氏は桓武平氏の一門・大掾多気氏)より分かれた一族で「」を通字としていた。 

父は真壁幹重とされる。川島孝一氏の説によると、1299年9月生まれ*1元服の時期を推定すると、1308~1313年。

1309年には得宗家当主・北条貞時の嫡男が元服して「高時」を称し*2、1311年には貞時が亡くなって*3代替わりしている。高時治世期において「高」字の名乗りを許されていることから、高時から偏諱を賜ったものとみて良いと判断される*4

 

但し、鎌倉幕府滅亡に際して北条氏と運命を共にせず、その後は足利尊氏に従っている。

 

▼その他、生存中の活動についてはWikipedia同名記事を参照のこと。

真壁高幹 - Wikipedia

 

 

脚注

*1:安田元久 編『鎌倉・室町人名事典コンパクト版』新人物往来社、1990年、P.569。

*2:細川重男『鎌倉政権得宗専制論』(吉川弘文館、2000年)巻末「鎌倉政権上級職員表(基礎表)」P.18-19、No.9「北条高時」の項より。

*3:前掲細川氏著書、巻末「鎌倉政権上級職員表(基礎表)」P.17-18、No.8「北条貞時」の項より。

*4:清水亮「鎌倉期における常陸真壁氏の動向」(清水亮 編『シリーズ・中世関東武士の研究 第一九巻 常陸真壁氏』(戒光祥出版、2016年)。