Henkipedia

アンサイクロペディア、エンサイクロペディア等に並ぶことを目指す、Wikipediaの歴史系パロディサイト。扱うのは主に鎌倉時代、たまに室町~江戸時代も。主に"偏諱(へんき)"に着目して、鎌倉幕府御家人の世代や烏帽子親(名前の1字を与えた人物)の推定を行い論ずる。あくまで素人の意見であるから、参考程度に見ていただければと思う。

二階堂貞藤

二階堂 貞藤(にかいどう さだふじ、1273年~1335年)は、鎌倉時代後期の武将、御家人法名道蘊(どううん)。

 

主な活動経歴や生涯については

 新訂増補「鎌倉政権上級職員表」 その170-二階堂貞藤 | 日本中世史を楽しむ♪(細川重男のブログ、以下「職員表」と略す)

二階堂貞藤 - Wikipedia

をご参照いただきたい。

 

本項では生年に関する再考察について述べたいと思う。

というのも、上記「職員表」で紹介されている通り、建武元(1334)年刑死時の没年齢(享年)について、次の2説*1が伝わっているからである*2

 

①『近江番場宿蓮華寺過去帳』:62

②『六波羅南北過去帳』:68

 

kotobank.jp

「職員表」に加え、こちら▲を見る限り、②享年68歳(=1267年生まれ)説が有力となっているようだが、これは誤りで、むしろもう一方の ①享年62歳(=1273年生まれ)説を採用すべきであるというのが結論である。

 

 

その理由として実名に着目しておきたい。

二階堂氏(にかいどううじ)とは - コトバンク より拝借)*3

 

すなわち、「貞藤」という名前を見ると、「藤」は父・二階堂行藤(ゆきふじ)から継いだものであるから、「貞」が烏帽子親からの偏諱と考えられる。兄の二階堂時藤(ときふじ)と共に、二階堂氏に多い「行●」型の名乗りでないのはそのためであろう。 

historyofjapan-henki.hateblo.jp

時藤の「時」は執権家・北条氏の通字であり、貞藤の「貞」も第9代執権・北条貞時を連想させるものである。実際、前述のいずれの没年齢を採っても、貞藤若年期当時の得宗・執権は貞時(在職:1284~1301年)と分かるから、元服時にこの貞時から「貞」の偏諱を許されていたことは間違いなかろう。従って、北条時 と 二階堂藤 は烏帽子親子関係にあったと判断される

そのためには、元服当時の執権が貞時である必要がある。紺戸淳の論考・手法*4に従って元服の年次を算出(推定)すると、

●②の場合:1276~1281年

●①の場合:1282~1287年

となる。特に初名があって改名した形跡も確認できないことからも、先代・北条時宗執権期にあたる②は採用し難い(②で貞時執権期の元服とすると、18歳以上で行ったことになってしまい、元服のタイミングとしては遅く感じられる)。よって①説が有力たることの証明になると思う。

 

まとめると、貞藤は文永10(1273)年に生まれ、12歳となった弘安7(1284)年、時宗の死に伴い貞時が跡を継ぐと、元服適齢期であった藤は間もなく時の加冠により元服したと推測できる*5。兄・藤は、北条宗の1文字目を拝領したものと考えられよう。 

*『尊卑分脈*6には、貞藤のすぐ下の弟に二階堂宗藤(むねふじ)の掲載がある。「三郎」貞藤に対して通称が「四郎」であり、以下の弟も、五郎雅藤(政藤)、七郎藤村の順で載せることから、輩行名・系図の兄弟順の通り貞藤より年少とみて良いだろう。「宗」は北条時宗をも連想させる字であるが、時宗から一字を拝領した者からの偏諱とも考えられなくない(貞藤より後の元服であれば尚更、故人である時宗からの偏諱の下げ渡しに問題はないと思われる)ので、一見貞藤と逆転しているかのような現象に問題はないだろう。

 

以上の考察に従い、細川氏の「職員表」(主に年齢に関する部分)を以下のように訂正する。

 

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№170 二階堂<出羽>貞藤(父:二階堂行藤、母:未詳)
  従五位下(分脈)
  越訴頭人(『二階堂系図』<続類従・系図部>)
01:文永10(1273).    生(1)
02:年月日未詳      左衛門尉・検非違使
03:年月日未詳      出羽守
04:延慶1(1308).⑧.  東使(36
05:元応2(1320).02.  出家(法名道蘊)(48
06:元徳2(1330).01.24 五番引付頭人58
07:元弘1(1331).01.23 辞五番引付頭人59
08:元弘1(1331).09.  東使
09:元弘2(1332).01.24 政所執事60
10:元弘3(1333).05.22 辞政所執事(為鎌倉滅亡)(61
11:建武1(1334).08.  八番制雑訴決断所四番衆(62
12:建武1.12.28 (1335.1.23)没


 [典拠]
父:分脈。
01:『近江番場宿蓮華寺過去帳』の没年齢より逆算。
02:分脈。『二階堂系図』(続類従・系図部)。但し、『実躬卿記』嘉元2(1304)年4月15日条には京都賀茂祭検非違使として参加したメンバーの中に「忠貞 関東、号摂津判官 貞藤 同、号出羽判官 祐行 同、号宇佐美判官*7」の名が見られ、「判官 (はんがん/ほうがん)」は律令制における四等官の第三位である判官(じょう=尉)の職を帯びる者の通称である*8から、この当時は既に元服済みで左衛門尉在任であったことも分かる。尚、二階堂忠貞の「摂津判官」はその父・盛忠が摂津守であったことによるもので、「出羽判官」の「出羽」もこの場合、父・行藤の官途(出羽守)に由来するものである。

03:分脈。『二階堂系図』・『工藤二階堂系図』(続類従・系図部)。
04:『興福寺略年代記』延慶元年条、『皇年代記』延慶元年条、9月2日入洛とす。『歴代皇紀』徳治3年条、後8月29日入洛とす。興福寺年代記』および『歴代皇紀』に「(二階堂)出羽前司貞藤」とあるので、この時までに出羽守を辞していたことが分かる。
05:分脈。『二階堂系図』・『工藤二階堂系図』(続類従・系図部)。左記史料は法名を「道薀」とするが、『花園天皇宸記』元弘元年10月1日条別記・20日条・21日条、鎌記裏書・元徳3年条、太平記などに拠り、「道蘊」とす。
06:鎌記・元徳2年条。
07:鎌記・元弘元年条。
08:『光明寺残篇』元弘元年9月18日条。『花園天皇宸記』元弘元年10月1日条別記・20日条・21日条。鎌記裏書・元徳3年条。武記裏書・元弘元年条。*9 
09:鎌記・正慶元年条。「天徳四正廿四補之」とあるが、元徳四=元弘2=正慶元年の誤。武記・正慶元年条に、2月23日政所評定始とある。
10:鎌倉滅亡により、政所自体が消滅。
11:『雑訴決断所結番交名』(続類従・雑部)。
12:『金網集第六巻裏書』。『近江番場宿蓮華寺過去帳』(類従・雑部)・『六波羅南北過去帳』(東大謄写)、30日とするも、文書史料である『金網集』裏文書に従う。没年齢、『近江番場宿蓮華寺過去帳』62歳、『六波羅南北過去帳』68歳とす。両書は同一史料の写しであり、いずれかの誤写であるが、俗名「貞藤」の「貞」は元服当時の得宗であった北条貞時からの偏諱と考えられ、各々の没年齢から算出される生年および元服の推定時期と照合して矛盾のない『近江番場宿蓮華寺過去帳』に従うべきである。常楽記・建武元年条、11月21日とす。

 

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脚注

*1:いずれの説を採っても60代ということになるが、同じく建武元年の正月には孫の長藤(『尊卑分脈』)尾張守(国守)に任官の上で関東廂番に加えられていることが確認できる(→ 北条高時滅亡後の改名現象 - Henkipedia 冒頭〔史料A〕参照)ので、その祖父にあたる年齢としては十分に妥当である。

*2:細川氏(「職員表」)によると、上記2点の史料は同一史料の写しであり、いずれかが誤写であるという。命日については、これら2点は12月30日で一致するが、『金網集第六巻裏書』では12月28日、『常楽記』では11月21日である、ということを紹介しながら、文書史料であることを理由に『金網集』裏文書での記載を採用されている。故にか、二階堂貞藤(にかいどうさだふじ)とは - コトバンク での各辞典等でも建武元年12月28日死去説に従っている。西暦・新暦に直すと厳密には1335年1月23日となるが、年の変わり目はあくまで当時の旧暦に従うため、この場合の建武元年も計算(逆算により生年を算出)する上では1334年の扱いとなる。

*3:より詳しく載せる『尊卑分脈』所収の系図は 新編纂図本朝尊卑分脈系譜雑類要集. 3 - 国立国会図書館デジタルコレクション を参照。

*4:紺戸淳 「武家社会における加冠と一字付与の政治性について鎌倉幕府御家人の場合―」(『中央史学』二、1979年)P.11。10~15歳での元服とした場合。

*5:参考までに、同様の事例としては、足利貞氏が挙げられる(→ 足利尊氏 - Henkipedia 参照)。史料数点により貞氏は1331年に59歳で死去と伝えられ(→ 足利貞氏 - Wikipedia 参照)、逆算すると1273年生まれ、貞藤と同い年となる。これについては数年遅らせる見解もあるが、1284年当時12歳というのは十分元服の適齢期であり(息子の足利高氏でさえ15歳であったと伝えられる)、7月以降執権に就任したばかりの貞時が烏帽子親を務めることは別におかしくも無いように思う。

*6:注3前掲外部リンク参照。

*7:宇佐美祐行宇佐美貞祐の父。

*8:判官 - Wikipedia より。

*9:詳しくは 安達高景 - Henkipedia を参照のこと。