Henkipedia

アンサイクロペディア、エンサイクロペディア等に並ぶことを目指す、Wikipediaの歴史系パロディサイト。扱うのは主に鎌倉時代、たまに室町~江戸時代も。主に"偏諱(へんき)"に着目して、鎌倉幕府御家人の世代や烏帽子親(名前の1字を与えた人物)の推定を行い論ずる。あくまで素人の意見であるから、参考程度に見ていただければと思う。

人物紹介

宇都宮高房

宇都宮 高房(うつのみや たかふさ、1297年?~1366年?)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。豊前宇都宮氏(=城井氏)の当主で、城井高房(きい ー)とも呼ばれる。通称は弥六、官途は左衛門尉、常陸介。 『尊卑分脈』(以下『分脈』と…

宇都宮高貞

宇都宮 高貞(うつのみや たかさだ、1305年頃?~1340年?)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。父は宇都宮貞綱で、宇都宮公綱(初め高綱)の弟にあたる。 史料上における高貞 芳賀高貞との同一人物説について 脚注 史料上における高貞 『…

宇都宮公綱

宇都宮 公綱(うつのみや きんつな、1302年~1356年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将、御家人。宇都宮氏第9代当主。父は宇都宮貞綱、母は長井時秀の娘。初名は宇都宮高綱(たかつな)。 系図類を見ると、公綱の傍注に「本 高綱」(『尊卑分脈…

宇都宮泰綱

宇都宮 泰綱(うつのみや やすつな、1203年~1261年)は、鎌倉時代前・中期の武将、御家人。宇都宮氏第6代当主。『尊卑分脈』*1等によれば、父は宇都宮頼綱、母は北条時政の娘。 【史料】『吾妻鏡』弘長元(1261)年11月1日条 より 弘長元年十一月大一日己未。…

大内宗重

大内 宗重(おおうち むねしげ、1250年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代中期から後期にかけての武将、御家人。 系図類によれば、結城氏第3代当主・結城広綱の子。結城氏家督を継いだ兄弟・時広の配分を受けて下野国大内荘に入部し、その荘名を苗字として「大内弥…

畠山国氏 (奥州管領)

畠山 国氏(はたけやま くにうじ、1325年頃?~1351年)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将。室町幕府奥州管領。畠山高国の嫡男。 historyofjapan-henki.hateblo.jp 『尊卑分脈』を見ると、高国の項に「観応二二十二於奥刕(=奥州)為貞家被討四…

牧政親

牧 政親(まき まさちか、1170年頃?~没年未詳)は、平安時代末期の駿河国大岡牧(現在の静岡県沼津市)の豪族。北条時政の継室となった牧宗親の娘・牧の方の一族(牧の方の弟か?)。通称は六郎。 政親については、次の史料で確認ができる*1。 【史料】『吾…

大岡時親

大岡 時親(おおおか ときちか、1160年頃?~没年未詳)は、平安時代末期の駿河国大岡牧(現在の静岡県沼津市)の豪族。牧宗親の子、北条時政の継室となった牧の方とは兄弟 とされ、牧時親(まき ー)とも呼ばれる。 まず、『明月記』や『吾妻鏡』での登場箇…

畠山泰国

畠山 泰国(はたけやま やすくに、1210年?~没年不詳(1270年頃?))は、鎌倉時代前期から中期にかけての武将、御家人。足利義純の3男にして嫡男。 生年の推定 『吾妻鏡』等における泰国 烏帽子親の推定 脚注 生年の推定 まずは、『尊卑分脈』の畠山氏系図*1…

田中時朝

田中 時朝(たなか ときとも、1196年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代前期の武将、御家人。足利義純の次男。通称は田中次郎、初名は田中時明(ときあき)。 『尊卑分脈』*1等の畠山氏系図によると、足利義兼の長男で、義氏の舎兄であった父の畠山義純(足利義純…

岩松時兼

岩松 時兼(いわまつ ときかね、1195年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代前期の武将、御家人。足利義純の長男。通称は岩松太郎、蔵人太郎。 『尊卑分脈』*1等の畠山氏系図によると、足利義兼の長男で、義氏の舎兄であった父の畠山義純(足利義純)は、承元4(1210)…

長和泰継

長和 泰継(ながわ やすつぐ、生年不詳(1220年代?)~没年不詳) は、鎌倉時代前・中期の人物、御家人。長井時広の庶子で長井泰継(ながい ー)とも。通称は五郎。 『尊卑分脈』・『福原家譜』8巻では、時広の6男として書かれ「長和」・「五郎」の注記がある…

長井泰元

長井 泰元(ながい やすもと、生年不詳(1220年代?)~没年不詳) は、鎌倉時代前・中期の人物、御家人。長井時広の庶子。通称は蔵人(『吾妻鏡』)、修理亮(『尊卑分脈』)。 『吾妻鏡人名索引』*1によると、『吾妻鏡』での登場箇所は以下の通りであるとい…

長井泰茂

長井 泰茂(ながい やすしげ/やすもち、生年不詳(1220年代前半?)~1276年?)は、鎌倉時代前・中期の人物、御家人。通称は長井判官代、出羽守。『福原家譜』7巻の系図によると長井時広の5男で、法名は禅心。 北条泰時の烏帽子子 美濃国茜部庄地頭として 脚…

長井貞広

長井 貞広(ながい さだひろ、1271年~1323年)は、鎌倉時代後期の武将、御家人。通称は長井備前左近大夫。 『尊卑分脈』等の長井氏系図で長井時秀の子、長井宗秀の弟として載せられており、「左将監(=左近将監)」・「従五下(=従五位下)」等の注記も見…

長井氏元

長井 氏元(ながい うじもと、1340年前後~没年不詳)は、南北朝時代の武将。 『尊卑分脈』*1には長井挙冬の嫡男として記載され、「新後集作者」・「掃部頭」・「従五位下」と注記されているが、他の幾つかの長井氏系図でも内容は変わらない。 historyofjapan-…

長井挙冬

長井 挙冬(ながい たかふゆ、1314年~1347年)は、 鎌倉時代末期から南北朝時代の武将。大江姓長井氏嫡流の当主。初名は長井高冬(読み同じ)。通称は備前二郎、右馬助。 関係史料の紹介と烏帽子親について 系譜についての一考察 脚注 関係史料の紹介と烏帽…

長井高秀

長井 高秀(ながい たかひで、1305年頃?~没年不詳)は、鎌倉時代後期~末期の武将、御家人。通称は治部少輔。 まずは、細川重男氏がまとめられた経歴表*1を紹介しよう。 >>>>>>>>>>>>>>> №138 長井高秀 系譜・生没年未詳 治部少輔(金文443…

千葉時秀

千葉 時秀(ちば ときひで、1215年頃?~1247年)は、鎌倉時代中期の武将、御家人。祖父の千葉常秀が上総国山辺郡堺郷を領したことから、上総時秀(かずさ ー)、堺時秀/境時秀(さかい ー)とも呼ばれる。通称は上総式部丞、上総式部大夫。 父は千葉秀胤。…

千葉泰秀

千葉 泰秀(ちば やすひで、1220年頃?~1247年)は、鎌倉時代中期の武将、御家人。祖父の千葉常秀が上総国山辺郡堺郷を領したことから、上総泰秀(かずさ ー)、堺泰秀/境泰秀(さかい ー)とも呼ばれる。通称は上総五郎左衛門尉。 父は千葉秀胤。母は『系…

上山泰経

上山 泰経(かみやま やすつね、生年不詳(1220年代前半?)~1256年カ)は、鎌倉時代前期の武将。長井時広の3男で長井泰経(ながい ー)とも。 娘が長井茂重(もちしげ)に嫁ぎ、その間に生まれた上山宗元が泰経の名跡を継いだ。 まずは、次の系図3種をご覧い…

上山貞泰

上山 貞泰(かみやま さだやす、1290年頃?~没年不詳(1330年代?))は、鎌倉時代後期の武将。 『尊卑分脈』や『毛利家系図』*1、『萩藩閥閲録』所収の上山氏系図*2に上山宗元の子として載せられており、「従五位下」「左衛門尉」「因幡守」の注記が見られる…

上山宗元

上山 宗元(かみやま むねもと、生年不詳(1260年代後半?)~没年不詳)は、鎌倉時代後期の武将。通称は太郎、修理亮、備前守。系図によっては「宗光 (むねみつ)」とするものもある。 長井茂重(もちしげ)の長男。母は上山泰経の娘。弟に長井宗衡がいる。 ま…

上山高元

上山 高元(かみやま たかもと、1311年~1348年)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将。通称は六郎左衛門、修理亮。 【史料】『常楽記』より*1 貞和四年戊子 正月五日 上山修理亮高元 卅八 東條合戦打死 この史料により、貞和4(1348)年1月5日に38…

長井宗衡

長井 宗衡(ながい むねひら、1270年頃?~1355年頃?)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将。通称は次郎、丹後守(丹後前司・丹後入道)。 長井茂重(もちしげ)の次男。母は不詳。兄に上山宗元、子に長井秋衡がいる。 史料上における宗衡 宗衡の系譜…

斯波宗家

斯波 宗家(しば むねいえ、1250年頃?~1285年カ)は、鎌倉時代中期の武将。尾張足利氏(のちの斯波氏)の第2代当主。足利家氏の嫡男で、生母は阿蘇為時の娘。実際の史料では足利尾張三郎の通称で呼ばれており(後述史料参照)、足利宗家(あしかが ー)と呼…

毛利経光

毛利 経光(もうり つねみつ、1230年頃?~1270年頃?)は、鎌倉時代中期の武将、御家人、安芸毛利氏の当主。父は毛利氏の始祖である大江広元の4男・毛利季光。 生年の推定 烏帽子親の推定 毛利師雄について 脚注 生年の推定 historyofjapan-henki.hateblo.jp …

毛利泰光

毛利 泰光(もうり やすみつ、1227年頃?~1247年)は、鎌倉時代中期の武将、御家人。父は毛利氏の始祖である大江広元の4男・毛利季光。 historyofjapan-henki.hateblo.jp 父・季光については、宝治合戦(1247年)で三浦泰村方について自害した時46歳(数え年)…

尾藤頼景

尾藤 頼景(びとう よりかげ、1230年代後半?~没年不詳)は、鎌倉時代中期の武将、御内人(得宗被官)。尾藤景氏の嫡男。尾藤時綱(演心)の父。 頼景については、生没年も含め不明な点が多い。まずは世代の推定にあたって、『尊卑分脈』に基づき作成した次の…

大掾高幹

大掾 高幹(だいじょう たかもと、1310年頃?~1380年頃?)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての武将。桓武平氏より分かれた大掾氏の嫡流にあたる多気氏の当主で、多気高幹(たけ ー)とも呼ばれる。通称は十郎。 世代と烏帽子親の推定 史料における高幹…